力を持つ者
第二章
…
………
キーンコーンカーンコーン!
鐘が建物中に響き渡る。
建物だけではない。
設計士が取り付けたスピーカーは外にも展開されており、周辺500メートル程まで音は聞こえてくる。
住宅街の中に堂々と聳(そび)え立つその大きな建造物は、2メートルの塀に囲まれながら佇んでいる。
塀の正面には、建物の名前が彫られていた。
『高宮澤高等学校』
知名度としてはそこまで高くはない私立高校。
100人の人に聞いたら半数前後といった所だ。
学力的にもそう高くはなく、中学校の中間テストや期末テストで50点取っていれば入れる。
入試試験には珍しく、筆記、面接以外に実地試験というものがある。
運転免許の資格を取る時にもある試験だ。
ただし、運転免許の場合は免除がきくが、これには一切の免除はない。
むろん言わずともわかると思うが実地だけでなく学力、面接もだ。
実地試験の内容は、しごく簡単なものばかりだ。
反復横飛び・踏み台昇降運動・垂直飛び…
その他何種目の競技をこなすというだけ。
それで何が合格の基準なのかははっきり言ってわからない。
そんな理解できない学校のチャイムが拘束時間の終了を告げていた。
「…あ〜あ、やっと終わったぜ〜。」
「確実にこっちの方が疲れたわよ!」
帰りのHR−ホームルーム−が終わった教室は、生徒達で賑わっていた。
これから部活に向かう者、それに属さず家に帰る者、残って勉学に勤しむ者。
生徒の分だけの思考、行動がその空間を埋めている。
その隅っこで怒りにきてる女生徒と退屈そうな男生徒が机の前で立っていた。
「ったく、あの不良女。おせっかいな事ばっかしやがって。」
「それは自業自得でしょ。真面目に授業に出ないあんたが100%悪い。」
「俺には俺流の学園生活の過ごし方っていうものがだなぁ!」
などと他愛も無い事を二人で話している。
他の生徒は各々の考え通りに次の行動に移り、賑わい度は先程の50%以下になっていた。
沈みゆく夕陽が教室の中を徐々にオレンジ色に染めていく。
これから暗くなるという、世界の住人へのメッセージも兼ねて。
ふと黒板の上に掛けられた時計に目をやる。
時計は二つのスピーカーに挟まれて掛けられていた。
現在の時刻……3時40分。
特にやる事がない二人は、そのままの雰囲気で教室を去ろうとした。
ガラガラガラッ
ほんの少し開いていた扉が、勢いよく開かれる。
そこで一人の女性が姿を現した。
急いで来たのか、息が酷く荒い。
「……水原くん、いる…?」
疲れ果てた姿で「水原」と呼ぶ女性。
クラスの副委員長で成績優秀の工藤真咲−くどう まさき−だった。
運動系が苦手な彼女にとって、急ぐ事や身体を激しく動かす事はまさしく地獄という言葉がお似合いだった。
「…だ、大丈夫か?工藤」
水原和樹−みずはら かずき−
クラスの問題児で、授業をよくサボる。
そのせいで成績もかなり悪い。
これを自業自得というのだろう。
教室の隅で帰ろうとしていた水原はその有様を心配そうに見ながら工藤に話しかけた。
「…このくらい平気よ。」
声がかすれていた。
明らかに平気ではないのだが、彼女がこういうのだから平気なのだろう…。
「それより水原君。校長先生があなたに話があるそうよ。」
「校長が?」
いくら問題児の彼でも校長に呼び出された事は一度もない。
考えもしなかった人物からの呼びつけに驚きが隠せない表情をしていた。
「な、なんで?」
「そんな事私が知っている訳がないでしょう。」
まだ息が整っていない彼女は、苦しそうに答えた。
いくら運動が苦手だからと言っても、ここまで回復が遅いのはおかしい。
一体何処から急いで来たんだろう…。
「とうとう日々の行いの罰が下されるんじゃない?」
「……何楽しそうに言ってんだよ、お前は。」
水原の隣で聞いていた彼女が、さぞ楽しそうな感じの口調で彼に言った。
「そうよ、このクラスの生徒が校長先生に呼び出しされたなんて他のクラスに知れ渡ったら、
クラスの評判が悪くなりますわ。
タダでさえ、水原君のせいで評判悪いのに…これ以上悪くされたら困りますわ。」
悪気があってか無くてかわからないが、明らかにフォローする側が違うと思う。
それは彼もわかってはいたのだが、あえて何も言わなかった。
とにかく学校最高の座にいる者からの呼び出しである。
無視して帰るわけにもいかない。
「…何にせよ、行ってみた方がいいか…。」
水原は持っていた鞄を自分の机の上に置き、校長室を目指した。
普通じゃない学校だというのはわかっていた。
しかし、ココまでくるともう「異常」だろうか。
彼は今、校長室の目の前に立っている。
辺りを見回す。
白い壁、白い天井、綺麗に磨かれた窓が一面を覆っている。
そんな雰囲気とは対照的な、不気味なくらい存在感のある扉が目の前に聳え立っている。
豪勢という言葉が似合うだろうその扉は、ブルジョアが先にいるという事を感じさせる。
こんな学校が、果たしていくつあるだろうか…。
そんな物はここしかない気がする。
何故か隣に女性が立っていた。
佐倉由美−さくら ゆみ−
彼のクラスの委員長で幼馴染。
成績優秀、容姿、スタイル共になかなかの美少女。
クラスだけでなく、他からも多くの人気がある。
その子がなぜか彼の隣で一緒に立っていた。
「何でお前までついて来るんだよ!」
「あんた一人じゃ不安だったからよ。」
他愛も無い話相手は、「校長」という言葉が気になったのだろう。
いくら彼でも大きな事件を起こした覚えは無い。
それなのに、校長室に呼ばれる。
そこが引っ掛かったのだろうか…。
たぶん、それは不正解だ。
問題児が何かやらかさないか不安だったに違いない。
そんな不安はお構いなしに、彼は立派な制作物をノックした。
扉の反対側から年老いた声が聞こえてくる。
「開いておるぞ。」という短い言葉。
その言葉に入っていいという意志を感じ、扉に手をかけた。
見た目よりもずっしりしていた。
厚さも普通の1,5倍くらいはあった。
そんな扉の奥から聞こえる声を発するのは、老体にはちと辛かろう。
強めに力を入れ、完全に開いてみせた。
そこは想像していた通りの空間が広がっていた。
綺麗に整理整頓された部屋がそこにはあった。
ただ、老人という所だけが想像とは違っていた。
もうちょっと高級感溢れる人物かと思ったのだが、目の前には老いぼれ爺さん一人。
スーツを着てはいたが、パリッと着こなしているわけではなく、少しだらしなく着ていた。
ネクタイも着けていない。
『高貴な部屋』という絵にはミスマッチな人物が、イスに肘をついて座っていた。
「お〜、来たか。待っとったぞ。」
陽気な声が響く。
満面の笑みをこちらに向けてくる。
「校長が俺を呼んでいる、と聞いて来たんですけど…。」
「ホッホッホ、そう邪険にするでない。説教するために呼んだわけではないのだからの〜。」
「…?説教じゃないなら、何なんですか?」
彼はもちろん、隣にいる彼女も説教だと思って来ている。
それを聞きたくなかったから、仏頂面にもなっていた。
言葉のフシにも、嫌な感じが伝わっていた。
しかし、それが違うというと、一体何の用なのか。
二人とも困った顔をして、お互い目を合わせていた。
「別に大した用事はない、ただ…。」
「…ただ?」
「ちょいと気を抜きすぎではないかと思っての〜。」
「???」
言っている事が全く理解できない。
気を抜きすぎている、というのは彼自身もわかっている。
授業もロクに出ていないのだから。
だが、目の前の老人の言っている事は、それとは違う気がしていた。
「…あ、あの〜、気を抜きすぎてるっていうのは、一体どういう事なんでしょうか?」
ちゃっかり部屋に入ってきていたクラス委員長が校長に聞き返していた。
「ホッホ、お嬢ちゃんにはわからんよ。この学校では、彼にしかわからん。」
「…俺だけ?」
また意味不明な事を言っている。
彼女の頭の中は混乱の一文字で埋め尽くされていた。
「そうじゃ。お主の悪い癖じゃったなぁ、気を抜くと周囲がわからないのは。」
その言葉でスイッチが入ったのか、水原は急に周囲を見渡した。
彼女は彼に何が起こったのかわからなかったが、彼が言葉の意味を理解したのだけはわかった。
「…フォッフォッフォ、気を抜くのは結構だが、抜き過ぎは悪いぞ、小僧。」
やっと理解してもらえたのか、嬉しそうに顎鬚を触っていた。
「…校長、あんた…」
「用はそれだけじゃ。下がって良いぞ。」
彼の言葉を遮る様に、校長は髭をいじりながら声を発した。
妙な威圧感が彼等を襲った。
…老人の、言葉が…。
沈黙の中、彼等は言われた通りにその場を去った。
心にわだかまりを残しながら…。
…なぜ、わかった…
…なぜ、気付いたんだ…
…………………
……校長……
……あんたは一体……